富山地方裁判所 昭和47年(む)168号 決定 1972年10月30日
主文
本件忌避の申立は却下する。
理由
第一、本件忌避申立の理由の要旨は、次のとおりである。
一、刑訴法二二六条に基づく証人尋問は、検察官が第三者の任意出頭あるいは任意の取り調べを拒否され、捜査に支障を生じたときに、裁判所の力を借りて、その目的を達するため裁判所に対して第一回公判期日前に限り請求することのできる手続であって、請求を受けた裁判官がこれを認めると、証人は出頭および供述を強制され、裁判官の面前において得られた証言は録取され、その書面は刑訴法三二一条一項一号書面として高度の証拠能力が付与されるのであるから、そこで得られた証拠は将来終局判決に影響を与えうること、およびこの尋問をなす裁判官は裁判所又は裁判長と同一の権限を有するのであるから、その権限行使の方法によっては裁判の結果を左右することもありうることを併せ考えると、同法二二六条に基づく証人尋問をなす裁判官についてその職務執行の公正を期するために除斥、忌避、回避の規定の適用があるのは当然というべきである。しかして、同法二一条一項に忌避申立権者として定められた被告人の中には、当然に被疑者も含むと解され更に同法二二六条に基づく証人尋問について、弁護人らに当然には立会権があるといえないとしても、立会いを認められた以上、その尋問中に、職務執行の公正さに疑いをもつときはその裁判官に対して忌避の申立ができることは当然であるので、本件証人尋問に際して、弁護人らが、草深裁判官に対し忌避の申立をしたことは適法である。
二、ところで、同裁判官に対する忌避申立は、証人明野八郎に対する証人尋問の際になされたものであるが、弁護人らが忌避申立をなすに至った経緯は次のとおりである。
1 明野証人に対する人定質問ならびに宣誓の後、同証人に対し誰が最初に尋問するかにつき、草深裁判官は検察官、弁護人双方に意見を求めたが、弁護人側は証人尋問制度の趣旨に鑑み、検察官から先に尋問することに強く反対の意見を表示したにもかかわらず、同裁判官はこれをとりあげず、検察官の尋問を強行させようとの態度を示して検察官に最初の尋問を命じた。
2 そこで、検察官は尋問に入ったのであるが、明野証人が証言拒否権を行使したところ、検察官は証言拒否権の行使を妨害しようとする悪質な尋問を行なったので、近藤弁護人において異議の申立をなすとともにその理由を述べようとした。ところが、同裁判官は検察官に尋問の続行を促したので、同弁護人は異議の理由を述べたい旨告げたが、同裁判官は尋問の続行を促すだけであった。そこで、同弁護人が、異議申立に対する裁判官の判断を問うたところ、同裁判官は、尋問の続行を促がしたことが異議申立の却下を意味する旨発言したので、同弁護人らは却下決定が不存在ではないかと主張したのに対し、同裁判官は耳もかたむけず、まず近藤弁護人の発言を禁じ、かわって立ち上がった武子弁護人の発言をも禁止してしまった。このため、弁護人らは検察官の尋問に対する異議理由を述べる権利ばかりでなく異議却下決定の不存在またはその違法、不当性等についての発言まで封ぜられ、弁護人の基本的な権利行使の道を閉ざされ、なすすべを失ってしまったのである。
3 更に弁護人らにおいてこの事態につき相談すべく休憩を求めたにもかかわらず、同裁判官はこれを認めず、検察官の尋問を促すばかりであった。
4 以上みてきたように、同裁判官は一貫して検察官の代弁者たる立場をとり続ける一方、弁護人に対しては弁護人の基本的権利である異議理由を述べる機会も与えず、あるいは近藤弁護人に対して発言禁止、退廷を命ずるなど、弁護人の最小限の権利をも権力的に抑圧する態度に出たため、弁護人らは、このままでは不公平な尋問を受けるおそれがあると判断し、証人および被疑者らの人権を守るため葺名弁護人から同裁判官に対し忌避を申立てるに至ったものであり、右申立は十分に理由があるから、同裁判官は本証人尋問手続から忌避されるべきである。
第二、そこで、本件忌避申立理由の有無について判断する。
一、まず、刑訴法二二六条に基づく証人尋問手続において、被疑者の弁護人が忌避申立権を有するか否かにつき考察する。
刑訴法および刑訴規則は、憲法三七条一項に規定する公平な裁判所による公平な裁判を保障することを目的として、その総則において、除斥、忌避および回避の制度について規定している。これらの制度は窮極においては終局判決の公正を期するものではあるが、それは、単に公判手続における裁判官の職務執行を対象とするにとどまらず、広く裁判官の職務執行一般を対象とするものである(最高裁昭和四四年九月一一日決定刑集二三巻九号一一〇〇頁参照)。
そこで、本件のような刑訴法二二六条に基づく証人尋問手続において、除斥、忌避および回避に関する規定の適用があるか否かについて検討するに、右証人尋問は、検察官が第三者の任意出頭あるいは任意の取り調べを拒否されて捜査に支障を生じたときに裁判官に対して請求できる手続であって、請求を受けた裁判官が右請求を容れて証人尋問をなす場合には、当該証人は出頭を強制され、また証言拒否権のある場合を除いては、一定の制裁を課することを前提として強制的に供述させられ、その供述を録取した書面は刑訴法三二一条一項一号書面として、高度の証拠能力を付与されること、および、右尋問をなす裁判官は裁判所又は裁判長と同一の権限を有するのであるから、訴訟指揮行使の方法、異議申立に対する裁判のいかんによっては、証言内容に微妙なくいちがいを生じ、ひいては裁判の結果を左右することもありうること等を併せ考えると、右証人尋問手続においても、除斥、忌避および回避の規定の適用がないとすることはできないと解する。
もっとも、刑訴法二〇条二号、三号、五号および同法二一条一項には「被告人」の文言のみが使用されているため、未だ公訴提起がされていない段階においては、右諸規定の適用がないと考えられなくもないが、刑訴法二二六条に基づく証人尋問手続は、第一回公判期日前であれば、公訴提起の前後を問わずなしうるのであるから、被告人と被疑者とを区別して考える実益も合理性も存せず、前記のとおり、右証人尋問手続においても忌避申立をなしうると解すべきであり、従って刑訴法二一条一項に忌避申立権者として定められた「被告人」の中には右証人尋問請求事件における被疑者も含まれると考える。
なお、右証人尋問手続において、被告人、被疑者、弁護人らは当然に立会権があるとはいえないが、裁判官が捜査に支障がないと認めて一旦その立会を許した以上弁護人らは公判手続における証人尋問の際に認められる諸権利と同様の権利を行使しうると解されるから、当然には立会権を有しないとの一事をもって忌避申立権がないとすることはできない。
以上の次第で、弁護人らは、被疑者のため忌避申立権を有するというべきである。
二、次に、本件証人尋問手続において、草深裁判官の執った措置が忌避理由に該当するか否かについて判断する。
1 関係記録によれば、右証人尋問手続において葦名弁護人が同裁判官に対し忌避を申立てるに至った経緯は次のとおりであることが認められる。
本件証人尋問手続の冒頭、証人明野八郎に対する人定質問ならびに宣誓の後、尋問に入る前に、尋問の順序、方法等について、同裁判官が検察官、弁護人双方に意見を求めたところ、検察官はまず自ら尋問したいと主張し、弁護人はまず裁判官が尋問すべきであると主張したため、この問題をめぐって、検察官、弁護人双方の間でかなり長時間論議が交された。その結果、同裁判官は検察官にまず尋問をさせる旨明らかにし、検察官に尋問を命じたにもかかわらず、弁護人らはこれを不満としてなおも意見を陳述しようとした。しかし、前記の検察官、弁護人間の論議が相当長時間に及んでいたので、同裁判官は尋問の開始が更に遅れることを顧慮し、弁護人らの意見陳述を制止した。そして検察官による尋問が開始された。ところが検察官の尋問第二問目に、証人が事件当日(昭和四七年八月二日)午前一〇時頃から県庁内教育委員会室のテーブルに着席していたか否かという問を発したところ、同証人は自己が刑事訴追を受けるおそれがあるので証言を拒否する旨述べたのに対し、検察官が、右は証言拒否権の対象にならないとして同証人を更に追及する態度を示したため、近藤弁護人が異議の申立をした。しかし同弁護人がその理由を述べる間もなく同裁判官は検察官に尋問の続行を促したので、同弁護人が異議理由を述べようとしたところ、同裁判官は更に検察官に尋問の続行を命じた。そこで同弁護人が再度異議理由を述べたい旨申立てたのに対し、同裁判官は「理由は判った」と述べてこれを述べさせず、右異議申立についての判断を明らかにしないまま手続を続行しようとしたので、同弁護人が異議に対する判断を明らかにするように求めたところ、始めて「異議は棄却した」旨述べた。これに対し、同弁護人がその不当性について意見を述べようとしたところ、同裁判官はこれを途中で阻止し、同弁護人の以後の発言を禁止し、同弁護人からの休憩の申入も排斥し、同弁護人に代って意見を述べようとした武子弁護人の発言をも阻止するに至った。次いで、同裁判官は近藤弁護人が先の発言禁止命令に従わないとして退廷を命ずるに至ったので、葦名弁護人から同裁判官に対し忌避の申立がなされた。
2 以上認定のような事実経過をとったことから、弁護人らは、草深裁判官は検察官的立場を代弁して訴訟指揮をなし、弁護人らの権利を権力的に抑圧したものであって、不公平な裁判をするおそれがある旨主張するけれども、同裁判官が、明野証人の証言拒否権行使後、検察官の尋問の続行を許したからといって、直ちに検察官的立場を代弁して訴訟指揮を行ったものとはいいがたく、また、同裁判官が近藤弁護人の異議に対し適正かつ迅速な決定をしないまま、重ねて検察官に尋問の続行を促し、更に同裁判官の右処置に対し抗議しようとした同弁護人の発言を禁止し、退廷命令をなすに至ったのも、もともと証人尋問の冒頭、尋問の方法、順序をめぐる検察官、弁護人双方の間の論議にかなり長時間を費した後、同裁判官が、右の問題につき同裁判官の見解を表明して尋問を開始すべく、検察官に尋問を命じたにもかかわらず、これを不満とした弁護人らが更に意見を陳述しようとするなど、明野証人に対する人定質問、宣誓がなされて後尋問開始までに相当の時間が経過していたため、同裁判官は証人尋問を急ぐ必要を感じ、急ぐの余りに執った強硬措置であることが窺われる。してみると、右一連の措置は必ずしも適正妥当なものとはいいがたいけれども、客観的にみて同裁判官が不公平な職務執行をする虞れがあるものとはいえない。その他職権をもって調査するも、同裁判官の忌避を理由あらしめる事実があるとは認められない。
第三、以上の次第で、葦名弁護人の本件忌避申立は理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 土田勇 裁判官 矢野清美 佐野久美子)